教祖「ラーメン、行ってみましょうか?」
ぼく「あっ、あの、えっと、ヤサイマシマシニンニクアブラカラメで」
ラーメン二郎では注文時に呪文のようなコールをすると聞いていました。
ジロリアンの聖地に初めてきた僕は、ネットからの受け売りの知識で、「一度言ってみたかった」という軽率な動機から後先のことをよく考えずこう口走ってしまったのです。
今思うとこの呪文は僕にとって天空の城ラピュタの「バルス」に匹敵する破滅の呪文でした。
・・・
さて、今回は、ラーメンの世界に新たなムーブメントを巻き起こし、今もなお狂信的な支持を集めている「ラーメン二郎」の人気ぶりを「ブルーオーシャン戦略」というマーケティング理論の観点から考察してみたいと思います。
ラーメン二郎とは
ラーメン二郎といえば、初めて見たら血の気が引くほどの圧倒的なボリュームが特徴です。
店舗によってやや特色は異なりますが、東京の三田本店で出される並盛りラーメン1杯分のカロリーは約2300kcalです。これは、老人の1日に必要なカロリーの平均摂取量の1.5倍以上です。
関東地方を中心に全国で営業しており、現在では全国で40を超える店舗数にまで急成長した全く「新しい」ジャンルのラーメンです。
ラーメン二郎に触発されて似たようなラーメンを出す店も多く、今では「二郎系ラーメン」という言葉まで生まれ、ラーメンのジャンルのひとつとして「家系ラーメン」や「台湾ラーメン」などと肩を並べています。
ラーメン二郎はラーメンの世界に新しいブームメントを巻き起こし、そのパイオニア的存在として計り知れない影響力を持っているのです。
ラーメン二郎は宗教
ラーメン二郎に足繁く通う人たちは、世間では「ジロリアン」と呼ばれています。
一般的にいう「リピーター」という言葉とは若干意味合いが違います。「リピーター」とは、いわばその店のファンのことで、「リピーター」が何度も繰り返し店に通う行動の背景に宗教的実体は存在しません。「安くて美味しいから」とか「ヘルシーでダイエットに効果的だから」といった、ありきたりで平凡な経済的合理性に基づいています。
一方、ラーメン二郎の場合、確かに値段はリーズナブルで、味も美味しいのですが、「ジロリアン」が真に求めているのはそこではありません。ましてや、ラーメン二郎がヘルシーでダイエットに効果的だとでも思っているのであれば、どこかの医療機関で脳の検査をしてもらった方がいいでしょう。
「ジロリアン」が狂信的にラーメン二郎に何度も通う背景には「信仰心」が窺えます。「ジロリアン」にとって、ラーメン二郎とは単なる食べ物でなく、信仰の対象であるといえます。
仏教の世界では、過酷で厳しい環境に身を置き心身を鍛錬・浄化させることによって、悟りを得るための「修行」が行われます。「ジロリアン」がラーメン二郎に足繁く通うのも、その本質は「修行」と変わりません。
ラーメン二郎を食べきったあとの、ゲームでラスボスを倒したときのような、そびえ立つ高山を登りきったときのような、あの得も言われぬ達成感は「ジロリアン」たちの心身を浄化させ、悟りの境地に誘うのです。
時空を超えし者
僕が初めてラーメン二郎を食べたのは聖地の中の聖地、総本山ともいえる三田本店でした。
冒頭のとおり破滅の呪文を唱えた結果、目の前に置かれた丼の上には山がそびえ立っていました。英語で言うとmountain on the bowlです。おそらく今後英会話でこのフレーズを使うことは一生ないと思います。
日常生活において、食事の最中に山と対峙せざるを得ない状況に陥ることは通常あり得ないため、食べ始める前から強烈な洗礼を受けることとなりました。また、目の前に置かれた物体の体積は、社会通念上一般的と考えられるラーメンのサイズの許容限度を大幅に上回っており、遠近法の狂った作画崩壊アニメでも見ているかのような錯覚を起こしました。
僕は男にしてはだいぶ小柄で、体重も52〜53kgほどしかない華奢な体型であるにも関わらず、隣に座っていたトドのようなおっさんが頼んでいたのと変わらないサイズの二郎を注文してしまったのです。
「取り返しのつかないことをしてしまった」と思いましたが時すでに遅しで、食べる前から冷や汗が垂れてきて、サーっと血の気が引いていくのがわかりました。
この状況を打破するためにはとにかく食べるしかないと思い、僕は決死の覚悟で野菜の山にがむしゃらに食らいつきました。
野菜の山を攻略し麺が姿を現し始めた時点ですでにお腹はだいぶいっぱいになっていましたが、もはや引き返すことはできません。
いよいよ麺にたどり着き、後半戦に差し掛かったところで、僕は世にも奇妙な体験をしました。
食べても食べても麺が減らないのです。否、減らないどころかむしろ麺が増えているのです。
ラーメン二郎の麺は特製の極太麺が使われており、麺がスープを吸って伸びるスピードはとても早いため、麺の伸びるスピードが、僕の食べるスピードを上回ったのです。
一生懸命食べているはずなのに麺が増え続けるという怪奇現象を目の当たりにし、背筋が凍りつきそうになりました。生まれてこのかた経験したことのない恐怖体験でした。
僕がそれまでの人生の経験から学んだ「食べ物は食べたら減る」という常識は覆されることとなりました。
物理学の世界において、時間は過去から未来への一方向にしか進まないという前提は公理として受け入れられています。かの有名な天才物理学者アインシュタイン博士が提唱した『特殊相対性理論』によると、時間の進み方は観測者同士の相対速度により異なりますが、物体が光速を超えることがない限り、時間が過去に戻ることはないとされています。
これらの事実から導き出される結論は、「ラーメン二郎を食べることによって僕は時空を超越した存在になった」ということであります。
現代科学の常識とされている「時の不可逆性」という概念を打ち破ったラーメン二郎に僕は神の存在を感じました。
神の導きにより僕も二郎教への入信を決意しましたが、僕の良心はそれを許しませんでした。
残してしまったのです。
麺はなんとかほぼ食べ終えることができましたが、スープの海に漂うチャーシューをたいらげるだけの胃のキャパシティーは残っていませんでした。あれ以上食べていたらマジで吐いていたと思います。
最初隣に座っていたトドのようなおっさんはとっくに食べ終わっていて、次に隣に座ったカビゴンもまさに食べ終わろうとしているところでした。
僕は泣きそうな顔で「ごめんなさい、ごちそうさまでした」と謝りながら丼を上げたら、仏のように慈悲深い御心をお持ちの教祖様(店主)は笑顔で「また来てくださいね」と言ってくださった(ように見えた)が、ロットをかき乱したうえに食べ残してしまうという大罪を犯してしまった僕には「ジロリアン」を名乗る資格はありませんでした。
教祖様と他の敬虔な「ジロリアン」の方に対する申し訳なさから、戒めとして僕は自分にセルフ出禁を課し、それ以来僕はその店に行くことはありませんでした。
ブルーオーシャン戦略とは
「ブルー・オーシャン戦略」とは、競合する相手のいない未開拓市場であるブルー・オーシャン(大海原のような未知の領域)を切り開くことによって事業を成功させるマーケティング戦略です。
ラーメン二郎が成功した理由は、今までのどのラーメンにもなかったブルー・オーシャンを切り開いたからです。
食べ終わった後に「美味しかった」とか「安くて懐に優しかった」とか「店がオシャレだった」というよくあるありきたりな感想を抱くラーメン屋は掃いて捨てるほどたくさんあります。
ところが、食べ終わった後に「達成感」を味わえるラーメン屋は未だかつて存在したでしょうか?
ラーメン二郎は、そびえ立つ野菜の山を切り開き、スープという名の大海原(スープ・オーシャン)に漂う麺とチャーシューとベジタブルマウンテン(野菜の山)をたいらげることによって、食べ終わった後に圧倒的な達成感を味わえるという、それまでどのラーメン屋も成し得なかった新たな境地(ブルー・オーシャン)を切り開いたのです。
創作活動や事業活動においても、ラーメン二郎のように誰も成し得なかった新たな境地(ブルー・オーシャン)を切り開くことが、成功を収めるための秘訣になります。
そのためには、周りと同じことをするだけで満足せず、誰もまだ思いついていないような新しいアイディアを常に模索し続けることが重要になります。
ラーメン二郎にまなぶ経営学 ―大行列をつくる26(ジロー)の秘訣