
FIFAワールドカップ(W杯)ロシア大会で日本代表チームが2大会ぶり3度目の決勝トーナメント進出を果たしました!おめでとうございます!
日本中が連日の目が離せない試合に釘付けとなって盛り上がっている裏で、今回の大会のテーマ曲として採用されているRADWIMPSの『カタルシスト』のシングルCDにカップリングされている『HINOMARU』という曲がインターネット上である物議を醸しています。
この曲の歌詞の内容が「軍歌のようだ」「愛国的だ」といった批判の声が上がり、ネット上では賛否両論の論争が巻き起こり、メンバーの野田洋次郎がSNSで謝罪する事態となりました。
また、26日には神戸で行われたライブの会場前で曲への抗議活動をした男が道路交通法違反で逮捕されるという事件も起き、『HINOMARU』を巡る論争はますます熱を帯びてきています。
今回は、この『HINOMARU』騒動から、表現の自由のあり方とバッシングへの向き合い方について考えてみたいと思います。
目次
そもそもどんな歌詞なのか
『HINOMARU』の歌詞のうち「軍歌のようだ」「愛国的だ」と言われているフレーズの一部を引用します。
この身体に流れゆくは
気高きこの御国の御霊
さぁいざゆかん
日出づる国の 御名の下に
ひと時とて忘れやしない
帰るべきあなたのことを
たとえこの身が滅ぶとて
幾々千代に さぁ咲き誇れ
(CD『カタルシスト』より引用 歌:RADWIMPS 作詞・作曲:野田洋次郎)
上記のような古語的なフレーズや歴史的な表現が戦時中の愛国歌や軍歌のようだと批判の声が上がりました。
国際スポーツの応援曲が愛国的になるのは当たり前
そもそも国際的なスポーツは各国の代表チーム同士での試合が行われるため、その国の国民全員がチームの応援団になります。
応援曲は応援団を一致団結させるために、応援団全員が帰属する「国」という共通のアイデンティティーを強調する愛国的なものになるのは当たり前です。
また、スポーツの応援曲という性質上、闘志を奮い立たせるような内容になるのも自然なことです。
2014年のFIFAワールドカップブラジル大会の際は、テーマ曲に採用された椎名林檎の『NIPPON』という曲が同様の批判を受けたことがありますが、スポーツの応援曲が応援団の共通のアイデンティティーを強調したり闘志を奮い立たせる内容になるのは当たり前だということを理解していない人が多すぎるように思います。
例えば、阪神タイガースの応援歌の『六甲おろし』の歌詞には六甲山を讃えるフレーズや闘志を奮い立たせるフレーズがありますが、この歌詞を「愛阪神的だ」「軍歌のようだ」と批判する人はいないと思います。
日本代表チームの応援曲だって本質は変わらないはずです。
戦時中に愛国歌が国威発揚に利用されたのも事実
戦時中に愛国歌が国威発揚に利用され、大日本帝国が太平洋戦争に突き進んで行ったという歴史があるのもまた事実です。
国際的スポーツ大会も戦争も国同士の戦いであるという点は同じです。(スポーツ大会はルールに則った平和的な祭典なのに対し、戦争は非人道的な武力衝突である点は全く異なりますが。)
なので、RADWIMPSのような国民的人気バンドが愛国的な曲を作ったら、そんな目的ではなかったとしても、『HINOMARU』が戦時中のように国威発揚に利用され戦争の悲劇を繰り返すおそれがあることを危惧する気持ちもわからなくはありません。
どこまでが表現の自由なのか
表現の自由は憲法で保障された権利なので、「公共の福祉」に反しない限りは、基本的に何を主張しても構いません。
「公共の福祉」とは、他人の権利を侵害してはならないという公平原理をいい、例えば、人種差別や特定の個人を誹謗中傷するような表現をしたり、勝手に他人の住所を公開したり脅迫のようなメッセージを送る行為は許されません。
RADWIMPSの『HINOMARU』については、歌詞の内容やパフォーマンスが誰かの権利を侵害しているとは言い難いため、彼らの主張は表現の自由として認められるべきだと思います。
ただし、表現者に対して批判を向けることもまた、他人の権利を侵害しない限りにおいて表現の自由として認められることになります。(今回の騒動で抗議活動を行った人は道路交通法違反により他人の権利(通行者が安全に道路を利用できる権利)を侵害してしまったため逮捕されてしまいました。)
表現者の主張も批判者の主張も、どちらも表現の自由として尊重されるべきなのです。
バッシングにどう向き合うか
表現には批判がつきものです。
有名になればなるほど批判の声も多く上がるようになり、中には理不尽だと思うようなバッシングを受けることもあるかと思います。
表現者として自分に向けられたバッシングにどう対処するかには、正解というものはありません。
信念を曲げずに主張を貫いても良いし、意図せずに人を傷つけてしまったと思うなら謝罪しても良いし、くだらないバッシングだと思うなら無視を決め込んでも構いません。
バッシングへの対処の仕方も含めて全て表現の自由の範囲内なのですから。
ただし、自由には責任も伴うことになるため、作品を発表する前に誰かを傷つけるおそれがないかをよく考えることが大事になります。
一方で、理不尽と思える過剰なバッシングに対しては、表現の自由を萎縮させないためにも毅然とした態度で臨むことも重要となります。
RADWIMPSファンの一人として思うこと
今回の騒動で一番迷惑を被っているのはRADWIMPSのメンバーとファンの人達だと思います。
10年近くRADWIMPSを聴き続けライブにも何度も行っているファンの一人である僕としては、『HINOMARU』が愛国的かどうかなんて正直どうでもいいし、RADWIMPSをくだらない政治論争に巻き込まないでほしいです。
おそらく、騒いでいる人たちは擁護派も批判派もどちらもRADWIMPSのことなんてよく知らない曲も聴いたことがない人がほとんどなんじゃないかと思います。
かつてRADWIMPSのメンバーがガスマスクをつけて官邸前デモに参加して反原発を叫ぶ様子をPVにした『シュプレヒコール』という曲を発表したときや、ライブやSNSで安保法制や共謀罪法案に反対して安倍政権批判をしたときはネット上で「反日バンドだ!」と叩かれていたのに、『HINOMARU』騒動を受けて今や「愛国バンドだ!」と言われている手の平の返しようを見ると、随分と都合の良いものなんだなと思います。